2014年(平成26年)の出来事やニュースを解説

ニュース・出来事・スポーツ

この記事では2014年(平成26年)のニュース・文化芸能・事件について解説しています。

目次

2014年(平成26年)の主要ニュース

2月26日|クリミア危機発生


2014年2月26日、クリミア危機が発生した。
「クリミア危機」とはウクライナ国内で発生した、ウクライナ政府軍と主にロシア政府・軍・反ウクライナ組織との間で発生した軍事衝突のことである。

ウクライナは東南部がロシア圏と結びつきが強く、中部から西部にかけては欧米との関係を重視する傾向があり、ウクライナは経済的・安全保障的重要性から、ロシアと欧米が政治に関与を続けていた。

2014年当時ウクライナの大統領であったヤヌコーヴィチはEUと連合協定を結ぶ予定をしていたが、ロシアからの圧力を受け協定署名を取りやめた。
この動きに対してウクライナの首都キエフでは反政府集会やデモが起こり、2月18日に治安部隊の発砲で死者26名を出すウクライナ騒乱が引き起こされ、ヤヌコーヴィチ大統領はロシアへ亡命、親欧米派の野党が暫定政府を樹立した。

親欧米政権の樹立に対しウクライナの南部に位置するクリミアでは、クリミアの独立を要求する親ロシア派のデモ隊がクリミア議会を占拠、2月26日にデモ隊がウクライナ暫定政権を支持するイスラム教の勢力と衝突するクリミア危機が発生した。
クリミア危機の発生以降、ロシア連邦軍とされる武装勢力はクリミア半島の主導権を握った。
3月16日にはクリミア半島のロシア編入の是非を問う住民投票が行われ、96.6%の指示を受けたため、クリミア議会は17日にウクライナからの独立を宣言しロシアへ編入した。

独立宣言後、ロシアのプーチン大統領はクリミアを独立国家として認める大統領令に署名し、クリミアは「クリミア共和国」となった。
しかしアメリア合衆国、EU、日本などの諸外国はクリミアのロシア編入を認めておらず、依然として欧米とロシアのウクライナでの対立構造は続いている

4月1日|消費税が5%から8%に引き上げ


2014年4月1日、消費税率が5%から8%に引き上げられた

消費税増税は2011年の民主党・野田内閣時代に、2014年4月1日に8%、2015年10月1日に10%に引き上げる案が出されており、第2次安倍内閣にて消費税率を5%から8%に増税することが閣議決定されていた。
消費税増税の理由は「持続可能な社会保障制度を次世代へ引き渡すため」で、少子高齢化社会を迎えて増大する社会保障費を拠出するために消費税増税が決定された。

消費税率は2014年4月1日に8%に引き上げられたが、可処分所得の低下による消費低迷が起き、10%への引き上げは2015年10月1日から1年半先送りされることとなった。
さらに2016年6月にも景気低迷を理由に先送りされ、2019年10月に10%へ引き上げられた。

また2004年からは「税込価格」の総額表示が義務づけられていたが、2013年に「総額表示の義務化」が廃止されたことにより、多くの店舗で「税別価格」のみの表示に戻された。

「税別価格」のみの表示を認める期限は当初2017年3月31日までの予定だったが、再増税の先送りに伴い2018年9月30日までに変更され、さらに2度目の再増税先送りに伴い2021年3月31日までに変更されたことで、2021年4月1日以降は再度総額表示の義務化がなされる見通しとなっている。

6月|万能細胞「STAP細胞」論文が撤回


2014年6月、理化学研究所や再生科学総合研究センターなどの研究チームが発表していた「STAP細胞」に関する論文が撤回された。
STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)はあらゆる細胞に変化できる万能細胞のことで、世界で初めて作製に成功したとする論文が、2014年1月30日付の学術雑誌『ネイチャー』に掲載されていた。

論文を発表したのは小保方春子・笹井芳樹・若山照彦で、特に小保方晴子は当時30歳の女性であったため理系女子の星「リケジョの星」としてメディアで大きく取り上げられた。
しかし発表直後からSTAP論文に対する疑義や不正が指摘されており、捏造があったのではないかとの声があがり、2月17日より理化学研究所やネイチャーが調査を開始した。

理化学研究所は4月1日に研究論文の調査報告を行い論文に不正があったこと認めが、4月8日には小保方が記者会見を行い「STAP細胞はあります」と断言した。

科学誌ネイチャーは7月2日になりSTAP細胞の論文を取り下げ、小保方がSTAP細胞の検証実験を7月から開始したが、論文に掲載された方法でSTAP細胞の出現を確認することが出来なかった。
また8月5日には理化学研究所の研究棟で笹井秀樹が首を吊って自殺、小保方も12月21日付で理化学研究所を退職した。

小保方晴子は2016年1月28日に『あの日』を出版し、ベストセラーとなった。

8月20日|広島市北部で大規模の土砂災害、死者77名


2014年8月、広島で集中豪雨による大規模な土砂災害が発生した。

2014年の広島市北部の土砂災害は「数百年に1回程度よりはるかに少ない確率」で発生した記録的集中豪雨で、土砂災害における死者は直接死が74人、関連死が3人の計77人となった。
集中豪雨は午前1時半から午前4時という深夜に、人家が密集する住宅地後背の山を中心に発生し、麓の住宅地を土石流が襲い多くの人が土砂に飲み込まれ死亡した。

2014年8月の土砂災害は、砂防のみならず都市計画や防災計画など様々な問題点が浮かび上がる災害となった。
避難勧告のタイミングが土砂崩れ発生後であったことなど、市の対応不備も指摘され、市は外部の専門家を入れた検証部会を設置し、2015年1月には今後の危機管理体制のあり方をまとめた最終報告書が提出された。

また被災地域の多くが警戒区域に指定されていなかったことなど、土砂災害防止法の課題が浮き彫りとなり、同法律が改正される契機ともなった。

9月27日|御嶽山が7年ぶりに噴火、50名以上が死亡


2014年9月27日、長野県と岐阜県の県境に位置する御嶽山が7年ぶりに噴火した。
御岳山は噴火の約2週間前から火山性地震が増加していたが、当時の噴火警戒レベルは1であった。
噴火が予期できない状態で噴火が発生したため火口付近には多数の登山者が居合わせており、噴火での被災者は死者58人、行方不明者5人となり火山災害としては戦後最悪となった。

死亡が確認された人のほとんどは、噴石が直撃したことによる損傷死で、噴石が当たったか否かの運が生死を分けた。
報道では火山灰で真っ白となり、噴石で穴があいた避難小屋などがセンセーショナルに報道された。
また噴煙により登山者の視界はほぼゼロとなり、不明者の捜索も有毒ガスや雪などで難航した。

噴火時の模様はNHKの特別サイトでもまとめられている。

御嶽山の噴火は人的被害以外にも多方面に影響を及ぼし、観光面では10月4日・5日に開催を予定していた開田高原そば祭り、木曽駒高原きのこまつりが中止され、御嶽山の麓にある開田高原では観光客が激減した。

10月7日|ノーベル物理学賞に赤崎勇・天野浩・中村修二の3人が決定


2014年、赤崎勇・天野浩・中村修二の3人がノーベル物理学賞を受賞した。
3人の受賞によりノーベル物理学賞を受賞した日本人は10人に、ノーベル賞全体では22人となった。

3人がノーベル賞を受賞した理由は「高輝度で省電力の白色光源を実現可能にした青色発光ダイオードの発明」で、長年実現されていなかった青色の発光ダイオード(LED)の実用的な発明が評価された。
現在日本でブルーのイルミネーションが見られるようになったのは、青色LEDの発明の成果である。

1986年に赤崎勇と天野浩が青色LEDに必要な高品質結晶の生成技術を発明、その技術を元に1993年に中村修二が世界で初めて高輝度青色LEDを実用化させた。

赤崎勇は1929年生まれの男性で、京都大学理学部を卒業、1981年に名古屋大学で工学部電子工学科教授へ就任した。
共にノーベル物理学賞を受賞した天野浩は、研究室最初の指導学生であった。

天野浩は1960年生まれの男性で、半導体工学を専門としている。
1979年に名古屋大学工学部へ入学、赤崎勇から「何でもこなせる学生」と評価され博士課程へ進学した。

中村修二は1954年生まれの男性で、電子工学専門の技術者であり、徳島大学を卒業後は日亜化学工業へ就職、青色LEDの開発を開始した。
中村修二は高輝度青色発光ダイオードの製造に利用できる技術を1993年に発明したが、これに関する特許を巡り2001年に元勤務先の日亜化学工業を提訴した(青色LED訴訟)。
青色LED訴訟は、2005年に日亜化学工業が中村に8億4千万円を支払うことで和解が成立している。

11月14日|朝日新聞の木村社長が引責辞任


朝日新聞社の代表取締役社長の木村伊量が、2014年11月14日に辞任を表明した
朝日新聞社は当時、吉田調書問題や従軍慰安婦問題に関する報道に虚偽の内容があったことが問題となっており、2014年9月11日の会見にて吉田調書報道の全面撤回及び謝罪、従軍慰安婦関連報道についての謝罪を行っていた。

吉田調書は2011年3月の福島第一原発事故で、政府が非公開で原発事故の関係者である吉田元所長に聴取した結果書である。
朝日新聞は吉田調書を入手し、「福島原発の所員9割が命令違反を行い撤退した」と紙面トップで報じたが、後に報道が捏造であることが発覚した。

従軍慰安婦問題とは、吉田清治が「太平洋戦争中に軍が主導の上で若い女性を慰安婦にするため強制連行した」と証言し出版物を出し、朝日新聞が吉田発言の真偽を確認せず記事にした問題である。
1996年に吉田が証言が創作であったことを認め、朝日新聞も2014年に記事を取り消して謝罪した。

木村の辞任は一連の問題の責任を取る形での引責辞任であり、常務取締役ら2人も辞任を表明した。
また、木村は社長を辞任する際に「特別顧問」に就任しようとしたが、社内からの強い反発を受け就任は見送られている。

木村は退社後、日本外国特派員協会に加盟しフリージャーナリストとして活動している。

12月14日|第47回衆議院議員総選挙、自民党が291議席を獲得、公明党とあわせ2/3超の326議席獲得


2014年12月14日、第47回衆議院議員総選挙が行われた。
選挙結果は自民党・公明党が3分の2の議席数を維持することに成功し、与党が圧勝した選挙となった。

2012年4月より内閣総理大臣に就任した安倍晋三は、2014年に消費税を5%から8%へ増税したが、2015年10月に予定されていた消費税10%への増税を先送りする決定を行っていた。
第47回衆議院選挙は、2014年の消費税増税および10%増税の先送りについて国民の信を問うためとして行われ、自由民主党は4議席減の291議席、公明党は4議席増の35議席を獲得し、与党が合わせて326議席を獲得、議席数の3分の2を維持した。

第47回衆議院総選挙は「アベノミクス選挙」とも呼ばれ、安倍晋三内閣継続の是非が問われたが、国民からの支持を得られた結果となった

2014年(平成26年)の芸能ニュース

1月3日|歌手・タレントのやしきたかじん、うっ血性心不全で死去


主に関西のローカル番組で活躍していた、歌手のやしきたかじんが他界した。

やしきたかじんは1949年生まれの歌手であり、主に関西ローカル番組で司会者として活躍していた。
朝日放送ラジオ『聞けば聞くほどやしきたかじん』やテレビ番組『たかじんnoばぁ~』『たかじんの胸いっぱい』『たかじんのそこまで言って委員会』などで高視聴率を獲得していた。
また1993年には『東京』をリリースし、60万枚のヒット作となった。

2012年1月に公式ウェブサイトで食道がんであることを公表、一時芸能活動を休止していたが、2013年3月より仕事に復帰した。
しかし2013年5月に体調を崩し、以降はメディアに出てくることなく2014年1月3日に心不全のため他界、内閣総理大臣の安倍晋三や大阪市長橋下徹などの著名人が追悼のコメントを発表した。

死後にはたかじんが残した膨大なメモや、たかじんが入院中に結婚した3人目の妻の証言を元に百田尚樹が「殉愛」という本を出版した。
しかし本に、たかじんの娘が3人目の妻を誹謗中傷したとの記載があったため、たかじんの長女が出版差し止めと1100万円の損害賠償を求める訴えを起こし、裁判では長女の言い分が全面的に認められ365万円の損害賠償支払いが命じられている。

また10億円とされる遺産については、寄付金をのぞいて死の3か月前に結婚した妻にほぼ全額を相続される遺言が残されていたため、長女への遺産は0となり物議を醸した。

なお1981年にやしきたかじんは機動戦士ガンダムの劇場版第一作目の主題歌『砂の十字架』を歌い、ヒットさせているが、かじんの意向とは無関係に作品が制作された経緯があったため、やしきたかじんはこの曲を「人生の汚点」と評している。

2月6日|作曲家の佐村河内守、ゴーストライターを使用していた事・全聾が嘘であることなどが発覚


2014年「耳が聞こえない音楽家」として幾度となくメディアに登場していた佐村河内守が、実は耳が聞こえていたことやゴーストライターを使用していたことなどが週刊誌に暴露され、ネットやワイドショーで大きな話題となった。

佐村河内守(さむらごうちまもる)は、1990年に音楽バンドを開始、1994年からNHKの制作番組で音楽を担当するなどしていたが、1996年より音楽家の新垣隆がゴーストライターとして作曲を担当するようになった。
その後佐村河内はゲームソフト『バイオハザード』や『鬼武者』の交響曲を新垣に作曲させていたが、『鬼武者』の制作発表以降は「全聾の作曲家(の設定)」として制作発表を行うようになった。

2013年には全聾の天才作曲家として『NHKスペシャル』などで紹介され、佐村河内の『交響曲第一番』がオリコンチャートで2位を獲得するなど知名度が高まり、民放などでも「全聾の作曲者・佐村河内」として特集が組まれるようになった。

しかし2014年2月6日に『週刊文春』が佐村河内がゴーストライターを使用していたことや、実は耳が聞こえていることなどを暴露した記事が掲載された。
同日にゴーストライターであった新垣は記者会見を開き、週刊文集の記事が真実であることを語った。

週刊文春の報道を受けて佐村河内は3月7日に記者会見を開き、全聾ではなく中度の難聴であること、以前は耳が聞こえなかったことなどを主張した。
しかし手話通訳を同席させたにも関わらず、手話通訳を介さず記者の質問に答えたことなどを指摘されると逆ギレ、新垣隆氏を訴えると主張するなど攻撃的なコメントを続け会見を終了させた。

その後佐村河内の作曲作品は激減、2018年に居住マンションを差し押さえされて以来、行方不明となっている。

3月|香里奈のベッド写真がフライデーに流出

ここでしか話せない芸能人の素顔より引用

2014年、雑誌『フライデー』にモデルの香里奈が男性と寝ている写真が掲載された
香里奈は掲載写真によりイメージが大きく悪化し、仕事を干されるなどの影響が出た。

香里奈は1984年生まれの女優・モデルであり、2000年からファッション雑誌『Ray』の専属モデルとしてデビュー、2001年以降はドラマや映画で主役を演じ、2005年には初の写真集を出版するなど人気の女優となっていた。
しかし2014年にフライデーに写真が掲載され人気が凋落する。

問題となった写真の内容は、香里奈が大股開きで股間に手を当てて寝ている写真であり、モデルのイメージとは正反対の姿であったためイメージが悪化、同年5月には『Ray』の専属モデルを卒業すると、その後はTVへの出演なども激減している。

5月25日|AKB握手会襲撃事件発生


AKB握手会襲撃事件とは、人気アイドルグループAKB48の握手会イベントで、ファンの男がAKB48のメンバー2人とスタッフ1人を所持していたのこぎりで切りつけた事件である。
被害にあったのはアイドルの川栄李奈と入山杏奈、およびアルバイトのスタッフの3人で、川栄は右手親指骨折・裂傷、入山は右手小指の骨折・裂傷、アルバイトスタッフは左手を骨折した。

犯人の男性は青森県在住の24歳男性で、2014年1月に警備会社を解雇されていた。
AKBを襲撃をした理由は、会社を解雇され無職となった自分と多額の収入があるAKBが正反対の存在であったこと、女の人は弱いからなどを裁判で証言している。

また入山や川栄のことは事件発生まで知らず、握手会の列が短かったことから犯行が早く行えるため、標的にしたと述べた。

犯人には2015年2月25日に懲役6年の刑が確定している。

8月28日|江角マキコが主導して、長嶋一茂宅に「バカ息子」と落書きをさせていたことが発覚


2005年、人気女優江角マキコのマネージャーが元プロ野球選手の長嶋一茂の家に「バカ息子」と落書きを行っていたことや、江角マキコが同じ小学校へ通うママ友との間にトラブルが発生していたことが明らかとなった

江角マキコは1966年生まれの女優であり、1986年まではバレーボール選手として活躍していた。
1988年には主演を務めた『ショムニ』がヒットし、一流女優としての地位を確立した。

しかし2014年、江角マキコののマネージャーが2012年に元プロ野球選手の長嶋一茂の家に「バカ息子」と落書きをしていたことを週刊誌「女性セブン」に告白し、内容が掲載された。
江角マキコの娘と長嶋一茂の娘は同じ名門小学校へ通っていたが、落書き報道の背景としてママ友による確執が週刊誌で指摘されている。

江角マキコは同年7月30日に、過去にママ友から受けたいじめ被害をブログで公開していたが、同誌ではいじめ被害は江角側に問題があり江角が他のママ友の悪口を言いふらしたり、江角が自分の主張を押し通そうとしたため距離を置かれたことが事の経緯であると主張した。
ママ友であった江角と長嶋一茂の妻もまた折り合いがつかず、江角がいじめられていることを知った江角のマネージャーが、長島宅に「バカ息子」と落書きをしたため、江角側が長島に10万円を支払ったことも明らかとなった。

この騒動により江角は芸能界での仕事が激減、2017年1月23日に芸能界を引退することを発表した。

10月8日|乃木坂46の松村沙友里に不倫スキャンダルが発覚

2014年10月、人気アイドルの松村沙友里に不倫スキャンダルが発覚し大きな騒動となった

松村沙友理は1992年生まれのアイドルで、2011年からアイドルグループ乃木坂46のメンバーに合格し、2012年に乃木坂46のファーストシングル「ぐるぐるカーテン」でCDデビューを果たした。
松村は乃木坂46の中でも人気の高いアイドルであったが、2014年5月に男性既婚者と飲酒後に路上キスしているところを週刊文春で報じられた。

不倫相手と報道されたのは、集英社に勤める編集者の男性であった。
10月9日に松村は不倫報道についてラジオで謝罪と釈明を行った。

放送で松村は、街中で声をかけられて食事に行ったことや、相手のことは良く知らず、相手に家庭があることは知らなかったことなどと釈明し、不倫については否定した。
しかしtwitterでは釈明が苦しいなどのコメントが寄せられ、大きなバッシングとなった。

11月10日|高倉健、悪性リンパ腫で死去


2014年大物俳優の高倉健が他界した。

高倉健は1931年生まれの俳優で、1960年代から東映映画の任侠もの映画で主演を務め人気を博した。
1977年に出演した『幸福の黄色いハンカチ』では第一回日本アカデミー賞の最優秀主演男優と、第20回ブルーリボン賞の最優秀主演男優賞をダブル受賞し、任侠ものの俳優からイメージを一新させることに成功した。

その後も映画を中心に活躍、『野生の証明』『南極物語』『鉄道員(ぽっぽや)』などのヒット作で主演を務めるなど、20世紀を代表する俳優スターとして名前が日本中に知れ渡ることとなった。
1998年には紫綬褒章、2013年に文化勲章を受章し、文化勲章受章の際には「日本人に生まれて本当によかった」と述べた。

しかし2014年11月30日に悪性リンパ腫のため、東京都内の病院で死去した。83歳だった。
高倉健はリンパ腫の発見により療養中であったが、亡くなる数日前に様態が急変し意識不明となっていた。

高倉健の死後は各界から追悼が寄せられた。

11月28日|菅原文太、肝不全で死去


『仁義なき戦い』シリーズで知られる俳優の菅原文太が、肝不全のため81歳で他界した

菅原文太は1933年生まれの俳優で、1954年に劇団四季の一期生として入団、1967年に東映へ移籍すると、1973年から開始した『仁義なき戦い』シリーズで主演を務めることで東映を代表するスター役者となった。
1980年からは映画のみならず、大河ドラマや刑事ドラマに出演を開始し俳優としての幅を広げた。

2007年に膀胱癌が発覚し治療を開始、2012年には出演予定であった映画『東京家族』を東日本大震災を理由に降板すると、同年役者生活を終えたことを宣言し、その後はラジオでのレギュラー番組やTV番組のナレーターなどをこなしていた。
しかし2014年11月28日に転移性がんによる肝不全のため82歳で他界した。

同年に他界した高倉健に続き、東映任侠映画の2大スターが立て続けに亡くなる事態となった。

遺作となったのは2012年7月に公開された『おおかみこどもの雨と雪』で韮崎のおじいちゃん役であった。

2014年(平成26年)の主要事件

6月24日|池袋危険ドラッグ吸引RV暴走死亡事故発生


池袋危険ドラッグ吸引RV暴走死亡事故とは、2014年に東京都豊島区池袋で発生した自動車事故である。
逮捕された運転手は脱法ハーブを吸ったのちに車を運転したが、意識が朦朧とした状態となり暴走して路上の歩行者を次々にはねる事故を起こし、歩行中の中国人の女性を死亡させ他6名を負傷させた。
捜査で合成カンナビノイドの一種が発見されたが、当時は法律の規制に引っかからない「脱法ドラッグ」であった。

この事件の影響で、これまで法律の網を抜けていた薬物の「脱法ドラッグ」という名称は「危険ドラッグ」に改称された。

事件の裁判では運転手の男性に対し懲役8年の判決が下され、刑が確定している。

7月26日|佐世保女子高生殺害事件発生、同級生の女子生徒を緊急逮捕

シェアチューブより引用

佐世保女子高生殺害事件とは、佐世保市内のマンションで女子高生が遺体で発見され、マンションに住む高校1年生の女子生徒が逮捕された事件である。

加害者の女子高生は、被害者の女子高生を一人暮らししているマンションに招き入れ、後頭部を工具で複数殴りリードで首を絞めて殺害した。
遺体は頭と左手首が切断され、胴部にも切断しようとした痕が残されていた。

加害者は「体の中を見たかった」「人を殺して解体してみたかった」と動機を語っている。
加害者の女子高生は成績優秀であったが、小学6年生の時に給食に洗剤や漂白剤を混入するいたずらを繰り返すなどの問題を起こしており、また2013年には父親の頭を金属バットで殴り殺害しようとしていたことも発覚している。

父親は佐世保では有名な弁護士であったが、東京大学を卒業した加害者の母親は2013年10月に癌で他界し、2014年5月に父親が再婚するなど家庭環境も複雑だった。
事件を受けて父親は同年10月に自殺している。

10月1日|南幌町家族殺害事件発生


南幌町家族殺害事件とは、2014年10月1日に女子高生が母親と祖母を殺害した事件である。
取り調べの過程で祖母が加害者に対し激しい虐待を加えていたことが判明した。

女子高生は幼いころから祖母から虐待を受けており、ランドセルを買ってもらえず風呂敷で学校へ行く、離れで寝起きさせられる、裸で外へ放り出され頭から水をかけられ笑われる、表玄関の使用を禁じられ勝手口を使うよう命じられるなどしていた。
女子高生の両親は祖母と父の折り合いが悪くなったため離婚しており、その際に次女も出て行ったため、長女と三女である加害者、母と祖母の4人暮らしだった。

加害者の女子高生は、台所の包丁で母親の喉仏を切り裂き、祖母の頭と胸など7か所を刺し殺害した。
取り調べで少女は犯行の動機として「しつけが厳しく、逃れたかった」と話した。

加害者は医療少年院に送致されたが、長女も三女の殺害を手伝うため睡眠導入剤とゴム手袋を提供しており、懲役3年・執行猶予5年の判決が下されている。

12月7日|名古屋大学女子学生殺人事件発生

解決事件簿より引用

名古屋大学女子学生殺人事件とは、名古屋大学の女子大生が77歳の知人女性を殺害した事件である。

加害者の女子大生は宗教の勧誘で知り合った77歳の女性に「聞きたいことがある」と言い、女性を自宅アパートに招き入れた。
その後、被害者を斧で数回殴った上マフラーで首を絞め殺害し、風呂場に放置したまま宮城県の実家に帰省した。
被害女性家族の夫が警察に捜索願を出しており、最後に接触した女子大生が判明、事情聴取を受けたため事件が発覚した。

捜査の過程で大学生は、高校時代に同級生の女子生徒に毒物(タリウム)を飲ませたり、大学時代に放火をしていたことが発覚した。
高校の知人らは「変わっているが明るく、友人も多かった」と証言、取り調べでは「子供の頃から人を殺してみたかった」と動機を語っている。

犯人の女子大生には無期懲役の刑が確定している。

2014年(平成26年)のスポーツ

2月7日|ソチ冬季オリンピック開幕


日本は金1、銀4、銅3

6月1日|米男子ゴルフツアーで松山英樹が優勝


男子ゴルフの松山英樹がオハイオ州で開催されたザ・メモリアルトーナメントで優勝し、米ツアー初優勝を果たした。

迎えた最終日、松山は首位と2打差の3位からスコアを3つ伸ばし、ケビン・ナとのプレーオフにもつれ込む。
ティショットを池に落としたケビン・ナに対し、松山はパーを記録してプレーオフを制した。

日本人選手の米ツアー優勝は史上4人目の快挙である。

さらに、22歳での米男子ゴルフツアー優勝は日本人として最年少であった。

6月12日|サッカーW杯ブラジル大会が開催


サッカーW杯ブラジル大会は、6月12日から7月13日に開催された、第20回目のFIFAワールドカップである。

ザッケローニ率いる日本代表は、グループリーグでコートジボワール、ギリシャ、コロンビアと同居する。
初戦のコートジボワールに1-2の逆転負けを喫すると、ギリシャ戦では相手に退場者が出たことで数的優位に立つも、スコアレスドローとなった。
後がない日本代表は3戦目でコロンビアに攻め立てるも1-4で敗れ、グループリーグ敗退と苦汁を飲んだ。

この大会では、開催国で優勝候補の一角だったブラジルが、準決勝でドイツに1-7で大敗するなどの波乱もあった。

決勝戦は爆発的な攻撃力で勝ち進んできたドイツと、決勝トーナメントを無失点で勝ち切ってきた堅守のアルゼンチンの顔合わせとなった。
大会結果は、延長後半に得点をあげたドイツが優勝、アルゼンチンが準優勝となり、以下オランダが3位、ブラジルが4位である。

9月8日|テニス全米オープンで錦織圭が準優勝


テニス全米オープン男子シングルスで、錦織圭が準優勝を果たした

準決勝で世界ランキング1位のジョコビッチを破っての、見事な決勝進出であった。
テニス4大大会で日本人が決勝戦に進出するのは、これが初の快挙である。

決勝の相手は、同じく初決勝進出のマリン・チリッチ(クロアチア)であった。
これまで錦織はチリッチに通算5勝2敗と勝ち越していたため、優勝を期待する声も多くあがっていた。

しかし、錦織はストレート負けを喫し、優勝には惜しくも手が届かなかった。

この年、錦織は世界ランキングで自己最高の5位となる。

10月9日|内村航平が世界体操で5連覇達成


中国の南寧で行われた世界体操の個人総合で内村航平が優勝し、5連覇を達成した。

出場選手でただひとり全種目で15点以上を記録し、2位に1.492点差の91.965点を記録した。
ゆかと跳馬では1位を記録している。

これにより、内村の世界選手権での通算金メダル獲得数が7個となり、日本人最多タイ記録となった。

なお、内村は最終的に6連覇まで記録を伸ばす。

12月30日|ボクシング・井上尚弥が2階級制覇


ボクシング・井上尚弥がWBO世界スーパーフライ級王者に輝き、当時世界最速での2階級制覇を達成した。

タイトルをかけた相手は、スーパーフライ級以下で14年間無敗を続けていたオマール・ナルバエス(アルゼンチン)であった。
ナルバエスは、プロアマ通じて20年以上1度もダウンしたことがなく、井上自身も「判定でもいいから勝ちにいかないと勝負にならない相手」と語っていた。

しかし、ふたを開けると井上の圧勝であった。
1ラウンド目から2つのダウンを奪うと、2ラウンド目で見事KO勝ちを収める。

これにより、井上は8戦目での世界最速2階級制覇を成し遂げた。

井上のあまりの強さに、ナルバエスのトレーナーはグローブに鉛が入っているのではないかと疑ったが、その場ですぐに確認し苦笑いを浮かべた。
ナルバエスも井上の強さに感服し、「歴史的なチャンピオンになれると思う」などと語った。

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